原稿トピックス

2019 年度

 

高校生

 

 近くの日本の学校へ送ると経済的に余裕が生じるはずですが、私の両親にはその選択肢はなかったようだ。朝鮮学校への進学は、両親に共働き生活を強いたとともに、私にアルバイト生活を余儀なくさせた。しかし、その両親の選択に感謝している。もちろん勉学、部活動とアルバイトとの両立がきつく、めげそうになるときもある。それでも民族性をしっかり育んでくれる朝鮮学校、すばらしい友人や先生と出会わせてくれた朝鮮学校、人として大切なことを教えてくれた朝鮮学校へ通わせてくれた両親に心の底から感謝している。

 このたび、貴支援会の奨学金を受け取ることになり、本当にうれしい。奨学金を受け取らせていただく分、卒業までの進学準備期間も、大学生活でもいっそう努力したいと思う。(神戸、女子A)

 

 今回、奨学金を授与していただき本当にありがとうございます。

父を亡くしてもうすぐで1年になる。この期間、たくさんの苦しいことや辛いこともあったが、多くの方々の支えをいただくことができ感謝している。

 今後、たくさんの方の期待にこたえられるようによりいっそう勉強と部活に励んでいきたい。また、自分の夢である看護師になれるよう、一歩ずつ努力していきたい。夢を叶えるために、恩返しができるように、日々成長できるようにがんばります。(東京、女子B)

 

 幼稚班から朝鮮学校に通い、今では妹と弟と3人で民族のことばや歴史、文化を学べる、朝鮮学校でのかけがえのない日々を過ごしている。

奨学金をいただけて、少しでも家族の負担を減らし、今後も兄妹3人、朝鮮学校で一生懸命学びたいと思う。そして、この奨学金を日本の方々が支援してくださっていることを知り、驚きを感じつつも、とても心強く、感謝している。

たくさんの方々の優しさに溢れた支援をいただいた者として、このご恩を忘れずに在日同胞や社会への貢献、恩返しができるよう努力していきたい。(岐阜、女子C)

 

私は進学について悩んでいたが、同胞社会で教育者として誇りを持って働いている父の姿を見て、私も父の志を受け継ぎ、将来、同胞社会を新しい世代として引っ張っていく存在になりたいと思っている。そして、今まで私が同胞社会でいろいろな方々に守られてきたことを、次に生まれてくる新しい世代の子どもたちにも伝えていこうと思い、教育学部に進学することを決意した。私が幼い頃から今まで学んできたことや感じたこと、同胞たちからの愛情などを次世代にしっかりつないで、社会の厳しいことも乗り越えていける、社会を引っ張ってくれるような子を育てていきたいと思う。(九州、女子D)

 

「朝鮮学校に対する高校無償化法からの排除」など、家庭に過重な経済的負担がのしかかっており、母子家庭で育つ私はいつも母のことを心配していた。また、私はラグビー部に所属しており、度重なる遠征で費用も多くかかる。そんな中、今回、奨学金を支給していただけることになり、その分学校生活や部活で成果をあげて恩返ししていきたいと思う。そして、わが東京朝鮮高校ラグビー部が花園の舞台に立てるように一生懸命練習していきたいと思う。(東京、男子E)

 

初級部から12年間、朝鮮学校に通いながら、自分自身のルーツを学び、自分の中に流れる民族の血を誇りに思ってきた。経済的にも厳しく、在日朝鮮人、朝鮮学校に対する差別が続く中でも、朝鮮学校に通わせてくれた父母にはとても感謝している。そして、朝鮮学校で出会えた友達、先生方、同胞の方々がいて、今の私がいる。私は、弟やまだ幼い後輩たちが差別を受けることなく堂々と生きていける社会を、全ての在日朝鮮人が誇りを持って生きていける社会を作っていきたい。

奨学金の話を聞いたとき、本当にうれしく思った。大学に進学しても、だれよりも勉学に励み、奨学金を受け取った者として期待に応えられるように頑張っていきたいと思う。(大阪、女子F)

 

大学生

 

 私の家庭は、母一人で私と弟を養っている。母は、家から車で2時間かかる朝鮮学校で幼稚班の先生をしており、私が高校に通うときは、毎朝5時に起きて私と弟の弁当を作っていた。朝はこんなにも早いのに、夜は8時頃帰ってきて夕飯を作ってくれ、その後に家事をして、12時頃にやっと寝床に入っていた。こんな多忙な日々を送っているが、正直なところ給料は少ないと思う。そして今年から私は大学生に、弟は高校生になり、学費もたくさんかかっており、母の負担はますます大きくなっている。そんな中でこのたび、奨学生に選んでいただけたことで、母の負担が少しでも減らせることができ、とても嬉しく思っている。

 今後、大学生活で勉学に励みながら、寄付をしてくださった方々への恩返しをしていきたいと思う。朝鮮人に対する差別が横行している日本社会の中でも、私たち朝鮮学生を支援し寄付をしてくださる方々、そして支援会や信用組合などのお力添えがあって今の大学生活を送れることに感謝し、みなさんの期待に応えられるように邁進していきたいと思う。そして、いつかみなさんのように、誰かのために尽くせるような立派な人間に、在日同胞社会で活躍する人材になりたいと思う。(男子G)

 

 私は入学当初から家庭の厳しい経済事情により、アルバイトをせざるを得なかった。3年生になり、自分に民族的アイデンティティを育んでくれた祖国、同胞社会に貢献するウリハッキョの教師になることを志すようになった。知識基盤型の新時代の教育を担う立派な教師になるには、まず自身の学力向上が最優先課題である。どうにか勉強時間を増やそうと奨学金制度についても調べたが、朝鮮大学校の学生はさまざまな奨学金機構の対象者から除外されていた。そのため、アルバイトに多くの時間を割かなければならないと半ば諦めていた。そんな矢先に、学内に掲示されている貴支援会のポスターを見つけた。学部の先生にたずねたところ、私も対象者になれるとのことであった。自身で貴支援会について調べてみると、同胞の方々だけでなく、日本の方々も理事をされていることを知った。朝・日の政治関係が悪化する中、在日朝鮮人に理解を示してくれる日本の方々がいらっしゃること、また、貴支援会がそのような多くの善良な方々の寄付によって運営されていることを知り、驚きと尊敬を覚えた。そして先日、貴支援会の奨学生に選出していただいた。私は感謝と感動の気持ちで心がいっぱいになった。勉学に打ち込めるという喜びと同時に、寄付してくださった方々、支援会に携わっているすべての方々のご期待に必ず応えるべく、一層勉学に励もうと決意を新たにしている。(男子H)

 

 私は昨年度も奨学生として選ばれており、今年度も奨学生になるのは厳しいのではないかと思っていたが、今回もまた奨学生として選ばれてほんとうに嬉しく思い、感謝の気持ちでいっぱいだ。

中学3年の春に母が他界し、父と弟と一緒に3人でがんばっていこうと約束したあの日から今日まで、いろいろな方々に支えられてきた。

私は昨年から、税理士の資格を取得するために日々勉強に励んでいる。昨年8月に行なわれた税理士試験では、簿記論と財務諸表論の2科目を受けた。そしてまた、9月から新しく法人税法を勉強しているところだ。私は簿記の通信講座を受講しているが、1科目でも1年コースで何十万円もの費用がかかる。自分の目標のために、今まで支えてきてくれた人々の期待に応えるべく、これからも努力を重ね早いうちに資格を取得し、同胞社会に貢献できる人材になりたいと思っている。(男子I)

 

大学院生

 

 このたび、奨学生として採用していただき誠にありがとうございます。

 東日本大震災で借金をかかえた家庭の事情により、私は勉学とアルバイトを両立せねばならない状況に直面した。それは3年間の社会人生活を経て勉学を再開することとなった私にとって、かなりの負担でありプレッシャーでもあった。そのような中、在日コリアン学生の勉学支援という目的で設立された貴財団が奨学事業を行なっていることを知り、大きな希望を持つことができた。このたびのご支援により、これからアルバイトの時間を大幅に減らし、勉学と研究によりいっそう専念できると思うと胸が躍るようだ。

私は朝鮮学校の教壇に立つことを目標としている。それは、朝鮮半島をルーツとする在日コリアンが日に日に生きづらくなっている日本社会の中で、次世代の学生たちの自民族への誇りを育むとともに、彼らが同胞社会と南北統一のために活躍できるような個性と能力を育めたらと思うからである。さらに、震災という命すら奪われかねない危機的状況の中で、多くの在日コリアンが朝鮮学校に集まった事実、みんなが自身の力を惜しみなく発揮し合う相互扶助の精神で未曽有の困難を乗り越えていく姿を目の当たりにした際、なんとも言葉に表せない活力と希望が朝鮮学校で育まれているのだと実感した。民族教育が在日同胞社会にとってとても重要な位置にあることを確信したからでもある。その上で私は朝鮮の言葉や歴史、文化を通じた教育が、学生の世界観形成に多大な影響を及ぼすことを自覚し、教員となる私自身がもっと多くのことを学ばなければならないと痛感している。(女子J)

 

 私は民族教育の教壇に立つ両親と姉の姿にあこがれ、音楽や楽器を通して子どもたちに祖国と民族を教えたいという思いから、教師を目指し始めた。2年制の音楽科を卒業した私は、これからの民族教育を担っていく責任感から、進学してさらなる勉学に励むことを決意した。しかし、財政的困難を抱える家庭の事情により、進学はアルバイトとの両立で自立することが条件となった。そのうえ、2回に及ぶ祖国での留学経費の捻出などもあって、アルバイトに費やす時間が増え、勉学を思うようにできない葛藤に苦しんでいた。そんな中で、貴財団の支援制度を見つけたときの嬉しさは何とも言えないものであった。まるで、思い切り勉学に励み、自分の志を形にしてみなさいという応援メッセージをもらったようだった。そして、それは私だけではなく、朝鮮学校に向けられた日本の方々の思いだということも強く感じた。高校無償化や幼保無償化から除外され、絶望の中でも民族教育の権利獲得を目指す今、日本の方々による支援は「君たちは正しい。負けるな。」というエールのように感じられた。その思いに応えるべく、近い将来、教壇に立つ日が来たときには、朝鮮と日本をつなぐかけ橋となる学生たちを育てていきたいと思う。(女子K)

 

 私は幼い頃から朝鮮学校で教師をつとめていた母の姿に憧れ、母と同じように教師になることを夢見てきた。現在、専攻である音楽教育に対する高い専門知識と実践力を兼ね備えた教師となるため、上級コースへの進学を目指しており、年度末には受験を控えている。母子家庭のため進学は経済的に厳しく、受験生ながらもアルバイトで学費を稼ぎながら勉強をしていたが、正直、受験勉強とアルバイトの両立は時間的にも、精神的にも苦しいことがたくさんあった。しかし、奨学金の支援のおかげで、現在は受験勉強に専念することができている。この恩恵を忘れず、朝鮮学校の立派な音楽教師になれるように、今後勉学により一層励んでいきたい。(女子L)

 

2018年度

 

高校生

 

このたびは、私を選んで支援していただきありがとうございました。

奨学金を受け取ったとき、みなさまの愛情が詰まっているものだと、改めて感じることができました。今、こうして充実した学校生活を送れているのは、この奨学金のおかげだと本当に感謝しております。私は12年間学んだ民族の歴史や文化、そこで得た誇りや想いを次世代に伝えるため、教師になることを目標としています。私はみなさまの期待にこたえるために、大学に進学して一生懸命学びます。(大阪、女子)

 

 私は、中学生の頃に家庭が周りより経済的に苦しいのではないのかと思うようになりました。できるだけ心配をかけないように、自分がやれることは自分がやっていこうと思いました。家のことは心配しなくていいと家族は言ってくれますが、日に日に生活が苦しくなる一方で、どうすればいいのか悩むときもありました。日本の学校へ行けば負担が少しでも軽くなるのではないかと思ったときもありました。しかし、卒業を控えた今まで、民族学校に通い民族教育を受けて後悔したことは一度もなく、かけがえのない大切な先生や友達と出会えて、本当に幸せだと感じています。

もうすぐ卒業を迎えますが、それまでの期間も、また卒業後も、奨学生として選ばれたありがたい気持ちを忘れずに、社会に貢献できるように頑張っていこうと思います。(神戸、男子)

 

 私には4人の弟妹がいるので、家計全体に占める教育費の割合が大きく、負担になっています。ですから私は、自分の生活費、修学旅行や進学に必要な費用など、少しでも両親の負担を減らそうとアルバイトをしています。アルバイトを始めてから、生活費は自分で稼いでいるのですが、学費や寮費といった大きな負担を両親にかけていることは変わらない事実です。その負担を少しでも減らしたいと日々考えていました。

 私は歴史の勉強が大好きで、高校卒業後は大学へ進学し、歴史をより専門的に学びたいと、小学生のころから夢見てきました。正直、大学に進学するには、当然今よりも学費、生活費がかかることから夢を諦めかけていましたが、このたび奨学金をいただけるようになったことで、大学進学という夢に少し近づけたと思います。(茨城、男子)

 

 このたび、奨学生として採用してくださり、家族一同本当に感謝しております。私は母、兄、弟の四人暮らしです。母子家庭ということもあり、母と兄が大変な思いをして、私と弟のために働いてくれています。そんな姿を見ると、私も家族のためにアルバイトをし、負担を減らしてあげたい気持ちになります。しかし、私には大好きなラグビー部での活動もあり、とても時間に余裕がありませんでした。今回、奨学金を得て、苦労ばかりかけている母の負担を少しでも減らすことができ、安堵と感謝の気持ちでいっぱいです。今回の奨学金はすべて来年度の学費として使わせていただきます。(東京、男子)

 

 私には大学生の兄と中学生の弟がいます。母子家庭なので、母一人で三人を養っています。私は母を少しでも楽にしてあげたいと、アルバイトをしています。そんな中、奨学生に選ばれたことで安心して高校に通うことができ、勉強をしっかりすることができました。卒業後は、朝銀西信用組合に就職して母をもっと楽にしてあげたいです。私は、家族のためにも、自分の夢のためにもしっかり働いていきます。(広島、男子)

 

大学生

 

私は将来、たくさんの人の命を救う医師になりたいと思っています。現在は医学の勉強はもちろん、人間のさまざまな疾患について興味を持ち、意欲的かつ積極的に勉強しています。覚える事柄はとても多いのですが、今学んでいる知識が将来、医療現場での自分の武器になると思うと身が引き締まる思いです。今年の9月からはいよいよ実習が始まり、生身の人間を目の前にして学ぶことになります。不安はありますが、夢を実現するためにたくさんのことを吸収していきたいです。(北海道、男子)

 私の父は営んでいるお店がうまくいかず収入が不安定で、母は民族学校の教員で、その収入は言うまでもありません。姉は昨年大学を卒業し、現在は4年分の教育ローンの返済中、弟は高校卒業を控えてアルバイトをしながら進学に備えています。私は現在、語学や文学の勉強に励みながら、将来は同胞社会の発展に寄与できる人材になりたいと思っています。そして、私のような学生にも素晴らしい学びの機会を与えてくれた「在日同胞信用組合奨学金」に対して心より感謝しております。 必ず多くの子どもたちに夢を与えられるような人間になろうと決心しています。(東京、女子)

 

 光栄にも「在日同胞信用組合奨学金」を受けられ、そのおかげで親の負担を減らし、私自身もアルバイトの時間を学業に費やせるようになりました。伝達式に参加して直接奨学金を受け取り、私はこれまで以上に勉学に励もうと決意を新たにしました。奨学生申請にあたって書いた信用組合のレポートを通じて、信用組合が社会でどれほど大きな役割を担っているのかを改めて考えました。私は経営学部の学生として、大学卒業後、同胞たちの経済活動をサポートできる人材になりたいと考えています。(東京、女子)

 

 私は先日行われた「在日同胞信用組合奨学金」の伝達式で、いろいろな地方の奨学生の代表として決意表明をしました。2年に進級してからは、税理士の国家資格を得ることを第一の目標として、一生懸命勉強に打ち込んでいます。税理士の勉強を始めてからすでに半年が経ちましたが、大学生活との両立がときに難しく、投げ出したくなるときもありました。しかし、今回奨学生に選ばれたことでモチベーションを上げ、多くの方々の期待を背負っていることを自覚し、そして何よりも遠く地元で頑張っているアボジの期待を胸に、今までよりもっと努力していこうと決意しました。(東京、男子)

 

大学院生

 

このたびは奨学生に採用していただき、誠にありがとうございます。

 12月に海外短期留学を終え、4か月後には再び留学する予定である私にとって、奨学金の存在は大変有り難いものであり、おかげさまで何の心配もなく勉学に励むことができそうです。異国である日本の地で、在日コリアン学生のための奨学金があることの意義は計り知れないものであると実感しております。これからは奨学生の名に恥じぬよう、学ぶことにいっそう貪欲であろうと思います。院生時代に培った知識を民族教育に還元し、同胞社会に少しでも寄与できるよう尽力してまいります。(東京、女子)

 

 私は高齢者や障がい者など、どのような同胞にも音楽で寄り添い、人と人、同胞と同胞をつなぐ「音楽療法士」を目指して日々励んでいます。現在は都内の民族学校の特別支援学級で実習を行いながら専門知識を学び、4月からは研究院に在籍しながら、専門学校にも編入する予定にしております。したがって、学費や交通費、教材費等、学業にかかる費用など先を考えると不安ばかりでした。しかし、このたび奨学生になれたことで、週4日行なっていたアルバイトも減らし、以前よりも多くの時間を研究に使えるようになります。これからは、民族学校や同胞社会の福祉の分野で少しでも役立つ研究を進めていきたいと考えています。(東京、女子)

 

 

2017年度

 

保護者の感想

 

 4年前、一家の大黒柱であった夫を亡くしました。民族教育の現場で、志半ばに闘病の末他界した夫の思いを胸に、子どもたちは大学に進学しました。そして、そこでたくさんの仲間や先生に出逢い、学業に、スポーツにとキャンパスライフを謳歌しています。二人を大学に進学させることは経済的には大変でしたが、奨学金のおかげで負担を軽減することができました。ほんとうに有難い限りです。(女子奨学生の母A

 

 在日同胞を取り巻く社会状況と日本の経済情勢が厳しく、加えて民族教育への差別を受けながら育つ子どもたちに、学びの機会と将来への希望をともす貴支援会の活動に心からの敬意を表します。(男子奨学生の母B

 

奨学生の感想

 

 この奨学金を受け取ったとき、軽いはずの紙切れがとても重く感じられました。それは、みなさんの愛情が詰まっているからだと思います。これまで僕は、たくさんの方々からの愛情や援助をもらってきましたが、初めて自分の手で受け取り、自分の目で確かめてもらったお金がどれほど貴重で大事なものなのかは、先生の言葉を聞かなくても十分理解できました。(東京、男子奨学生C

 

 私には大学3年の兄、1年の姉、中学3年の妹がおり、学費がかさみ、親への負担が増える中、三年前に私が発症した急性リンパ性白血病の治療費や、昨年起こった兄の交通事故による治療費により、経済面での父母の負担は多大なものになりました。そのような家庭の事情を抱えながらも、父母は朝から晩まで一生懸命働いて、高校での勉強の重要性を教えてくれました。それと同時に、今こうして充実した学校生活を送れているのは、この奨学金のおかげだと本当に感謝しています。このたび採用していただき、父母の経済的負担の軽減や私自身の将来への不安な気持ちも軽くなり、勉学に対する意識も高まり、前向きな気持ちで取り組むことができています。(広島、男子奨学生D

 

 大学進学を決めた頃から、父や他の家族たちに負担をかけたくないと思っていたので、支援会から奨学金をいただけることは大きな助けとなりました。私は、民族の言葉や歴史、文化を学び、そこで得られた誇りや想いを後輩たちに伝えるため、大学に進学し教師になることを目標にしています。支援をいただいた者として、みなさんの期待に応えられるようにがんばります。(大阪、女子奨学生E

 

 前までは家庭のために、高校を卒業したら就職をする気でいましたが、今回のこのご恩に報いるために大学に進学し、同胞社会に貢献するべく思い切り学びたいと思います。この先の人生で辛いことや苦しいことがあると思いますが、そういう時こそ今回のご恩への感謝の気持ちを忘れずに、日々精進していきたいと思います。(東京、男子奨学生F

 

 私は本日、支援会から奨学金をいただきました。とてもうれしく思い、また感謝の気持ちでいっぱいです。この奨学金は、私が大学に進学するための入学金に使わせていただきたいと思います。(大阪、女子奨学生G

 

 僕は小学1年のときから父がいなくて、母が兄と僕を育ててくれました。その間、母の苦労している姿をいっぱい見て、何かできないかと思って応募しましたが、選んでくれて本当にありがとうございます。これを機に、大学で経営学を学び、経営者として家族や在日同胞のために生きていきたいと思います。そして、次は自分が後輩たちを支援する側になりたいと思います。(東京、男子奨学生H

 

 教師であった父は、私が大学2年の時に殉職しましたが、同胞の家を一軒一軒訪ね歩き、学生たちのためにできることが何かを常に考え、民族教育と同胞社会の発展のために献身的であった姿は今も目に焼き付いて離れません。父のようなひとになりたい。この意志と決意は少しも変わりません。(山口、女子奨学生I

 

 幼い頃から私たち兄弟が学校に通えるようにと、母は一人で朝早くから夜遅くまで働いていて、お金のかかる民族学校に通うのを諦めようと思ったときもありました。高校まで通わせてくれた母に感謝しつつ、今回このようなご配慮をいただけて本当に感謝してもしきれません。卒業後、私は就職して、今まで受けたたくさんの愛に恩返しをし、次は在日同胞と日本の社会に貢献するために努力していこうと思います。今回このように支援をいただき有難い気持ちでおりますが、なんとこの奨学金を日本の方々が資金を出してくださっていることを聞き、驚きを隠せませんでした。このご時世でも、このような愛に溢れた日本の方々がいらっしゃることを知り、本当に心強く思いましたし、朝日関係が一日でも早く良くなればよいのにと強く思いました。今後、少しでも役に立てるように努力し、貢献していきたいと思います。(愛知、女子奨学生J

 

 このたびは、僕を選んでいただき本当にありがとうございます。これを機に、僕は信用組合に入組し、社会でのお金の回り方や金融機関で行なう活動内容を知り、在日同胞社会のために少しでも役立てるように頑張りたいと思います。また、同胞たちが安心した暮らしをできるように、自分がそのかけ橋になろうと思います。立派な社会人になり、家族や在日同胞のために生きていこうと思います。(東京、男子奨学生K